『宇宙兄弟』という漫画をご存知だろうか。宇宙を目指す兄弟の物語なのだが、綿密な取材を元に構成されているストーリーはもとより、ちょい役の登場人物一人一人にさえ人生を感じる丁寧な作り込みに圧倒される名作である。まだ読まれたことの無い方は機会があれば是非手にとってみていただきたい。
さて、そんな宇宙兄弟になぞらえて今回は『宇宙藻類』と題し、宇宙開発に関する藻類研究をいくつかご紹介したい。
そもそも宇宙と藻類に接点があるの?と思われる方も多いかと思うが、実はかなり古くから注目され、研究が行われている分野である。それというのも宇宙空間に長期間滞在するためには空気(酸素)と食料の自給が求められることになるが、その自給システムに藻類を利用しようというアイデアがあるためである。
藻類は宇宙飛行士が吐き出す二酸化炭素を吸収して酸素を供給することができ、増えた藻体は栄養食として食べることができる一石二鳥の材料となる。しかも植物と比べて栽培のためのスペースや資源が少なくすみ、育つまでの時間も短いという利点も持っているので、宇宙との相性が抜群に良いのだ。
このような宇宙空間での藻類利用を念頭に、2017年12月15日にESA(European Space Agency)のプロジェクトの一環として、生きたスピルリナが初めて宇宙ステーション(ISS)へと打ち上げられた。円筒形のフォトバイオリアクターに入れられたスピルリナは約1ヶ月間ISS内で培養されて、地球上と同じ速度で育って酸素も生成することが確認された。この1ヵ月間の培養期間に4回サンプリングが行われ、それと合わせて培地も4回入れ替えて試験が行われた模様だ。
無重力空間下における液体培養の場合は、液体中への二酸化炭素の供給および発生した酸素の除去が課題になるが、資料をみている限りは気体と液体をガス透過膜のようなもので仕切り、圧力をかけて強制的にガス交換を行う仕組みとなっているようだ。この辺の詳細情報は論文として公開された際にも確かめたい。
この試験の装置作成、宇宙ステーションでの実験計画、戻ってきてからのサンプル測定などの様子が資料としてまとめられて公表されていたので、興味のある方は以下の資料にも目を通してみていただければと思う。写真も多く、研究者達の楽しそうな雰囲気が伝わってくる。自分達が作った実験装置が宇宙船(SpaceX)で打ち上げられて、宇宙で実験されて、そのサンプルを分析できる、なんていうシチュエーションを与えられたら研究者だったら誰でも盛り上がるだろう。
また、2018年9月にはNASAでも宇宙ステーションにスピルリナを打ち上げ、微小重力下での増殖能を確認するための試験が行われている。こちらはNASAが企画する『皆のためISS科学(ISS Science for Everyone)』というプログラムの一環として、高校生のチームから応募されたアイデアを元にして行われたようだ。
SFみたいなテーマを高校生のチームが提案して、それを宇宙で実際に試験しちゃうなんて、私が高校生だった時には想像すらできなかった世界である。20年でここまで時代が変わるのであれば、20年後には月に人が住み、火星へ到着した人類がいてもおかしくはない。人が想像できる範囲というのは、いずれ実現できるものなのだなぁとシミジミ感じる。
NanoRacks-Modesto Christian School-Comparing the Growth of Spirulina on Earth and in Microgravity (NanoRacks-MCS-Spirulina Experiment) examines a type of Spirulina that is sent pre-grown to the International Space Station (ISS) with required nutrients for further growth. The algae grows and reacts to the microgravity in space, and also to the gravity on Earth.
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また、2016年にはスイスのRuag Space社が藻類を使用した空気リサイクルシステムのプロトタイプを開発中、とのプレスリリースを行っている。ここでも対象藻類としてはスピルリナを使っているようだ。優れた栄養価、豊富な基礎データの蓄積、ハンドリングの容易さ、といった点から見ても宇宙藻類の本命はスピルリナになる可能性が高いだろう。
Algen sind die Lunge der Erde. Sie machen die Hälfte der weltweiten Sauerstoffproduktion. Auch im Weltall könnten sie Raumfahrende mit Atemluft zu versorgen. Im Auftrag der ESA soll das Unternehmen Ruag Space nun einen Prototyp für ein Luftrecyclingsystem mit Mikroalgen entwickeln.
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ちなみにNASAではスピルリナ以外にもクラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)と呼ばれる緑藻類を用いた液体藻類成長システムも開発中である。このシステムでは、哺乳動物細胞培養で使用されるガス透過性のビニール袋を用いて培養を行っている。このバッグを用いることによって水を損失することなくガス交換が可能となる仕組みというわけだ。
もう少しスケールの大きな話でいくと、藻類を利用した火星のテラフォーミング(惑星地球化計画)という話もある。ここではまず最初に火星の大気温度を人為的にあげて、そこに生きた藻類を地球から持ち込んで酸素を生み出させる、というような話となっている。
実際に、火星のテラフォーミングにおける宇宙農業 および居住環境創出において貢献が期待されている陸棲ラン藻(Nostoc sp. HK-01)の国内での研究も報告されている。この陸棲ラン藻は、乾燥状態であれば 10-5Pa の高真空環境に暴露されても、その後加水を行うことで蘇生し、液体培養を行うことでコントロールと同等かそれ以上増殖する能力を持つことが示されている。さらに1年間の高真空曝露後においても、加水による蘇生が確認されたそうだ(新井,2013)。
ちなみに火星に藻類を植えて酸素を作り出しテラフォーミングさせる、という研究はNASAでも『Mars Room』という火星環境を擬似的に作り出した施設を用いて大真面目に取り組まれている。宇宙的な環境問題という視点で見ると勝手に生物移植して良いのかな、とは思ってしまうが。
以上、宇宙ステーションでの培養から火星のテラフォーミング研究まで、宇宙という最先端の研究分野での藻類研究についてまとめてみた。35億年前に生まれた最も原始的な生命の一つといえる藻類が、最先端の分野で注目を浴びているというのは逆説的で面白い。
結局、生態系ごと構築しないと人は持続的に生きていけないことであり、生態系の原点として藻類の力が期待されているということだ。この事実は人が生態系の一部であり、他の生物との繋がりの中で生きている現実を改めて突きつけるものでもある。最先端の研究という側面は当然あるのだが、実は宇宙開発の本質というのは、人が忘れていた当たり前を思い出させてくれる方にあるのかもしれない。
参考資料
火星地下居住構想とラン藻の活用、新井、Int. J. Microgravity Sci. Appl. Vol. 30 No. 2 2013 (105–110)