私が人生をかけるテーマとして選んだ『光合成』であるが、この複雑な仕組みがどのようにして生まれたかは未だに明らかとなっていない。
光合成という言葉はよく知られているが、それがどんな反応から起こっているかは知らない人の方が多いだろう。光合成は大きく分けて、『明反応』と『暗反応』とから成り立っている。
光合成の全体図(Photosynthesis Overview ©2008 Daniel Mayer CC BY-SA 4.0)
光合成の仕組み -『明反応』と『暗反応』-
明反応は、太陽エネルギーを使ってH2O(水)から電子を引き抜いてH+を生じ、化学エネルギー分子NADPHとATPを生産する反応をいう。
明反応の概要(Thylakoid membrane ©2008 Akane700 CC BY 3.0)
一方の暗反応は、明反応によって生産されたNADPHとATPという物質を使って、CO2から糖C6H12O6を合成する反応である。ちなみに私は暗反応を構成するカルビン回路(Calvin cycle)と呼ばれる代謝回路を構成する酵素の1つを調べて博士号を取得したので、まさにこの分野が専門になる。明反応が電子伝達という機械的でドライな反応なのに対し、暗反応は酵素が組み合わさったウェットな反応、というイメージで覚えてるのは当時も今も変わらない。
暗反応の概要(Calvin-cycle3 ©2006 Mike Jones CC BY 2.5)
暗と明、この2つの反応が組み合わさることで、以下の有名な光合成の式が成立することになる。 H2O + CO2 → 1/6(C6H12O6) + O2
つまり太陽エネルギーによって、H2O(水)とCO2(二酸化炭素)から有機化合物であるC6H12O6(糖)を生成し、O2(酸素)を発生するわけである。人類を含む地球上のほぼ全ての生物が、この光合成を通して生産された『糖』と『酸素』を元に活動しているわけだ。
さて、そんな複雑な光合成の成り立ちを進化の側面から研究している日本のチーム(神戸大学 蘆田准教授ら)が、太古の細菌から光合成の原型とも言える現象を発見したので紹介したい。
光合成の仕組みを完成させていた細菌の発見
上で説明した光合成の暗反応を構成する酵素群の中に、RuBiscoとPRK(ホスホリブロキナーゼ)という酵素がある。この二つの酵素はどちらも光合成の暗反応に特有の酵素だが、蘆田准教授らはゲノムデータベースを用いた解析から、これらの酵素の遺伝子が地球生命誕生後の極めて初期に出現したと考えられているメタン生成菌(Methanospirillum hungatei)に存在していることを見出した(奇しくも先日執筆した将来のタンパク質生産の記事で取り上げたメタン生成菌が、藻類の祖先に当たるとは驚きだ)。
研究チームは、これらのメタン生成菌の遺伝子を使って合成した酵素が暗反応で機能できる性質を有することも明らかにした。さらに、このメタン生成菌の遺伝子解析や詳細な生化学的解析と13CO2を用いたメタボローム解析から、これら2つの酵素が、メタン生成菌において、これまで全く知られていなかった新規のメタン生成菌還元的CO2固定経路を作り上げていること、そしてこの経路が既知の暗反応(カルビン回路)の一部と同じ反応経路を利用していることも確認した。
メタン生成菌の原始カルビン回路の概要
地球が46億年前に誕生し、メタン生成菌は地球の生物進化における最初の生命体だったと推測する微生物学者も多い。生物の進化的位置から考えて、このメタン生成菌で発見したカルビンサイクルのCO2固定経路は、光合成の暗反応の進化的原型となったものであると推測される。のちの藍藻による光合成の暗反応の土台になっている可能性を大きく示唆する、教科書に載るレベルの大発見と言えよう。このような画期的な発見が日本から生まれたことは非常に喜ばしいことである。
光合成を介したドラマ
ちなみに、今回の発見をした蘆田准教授は、私の研究室の1つ先輩で非常にお世話になった方でもある。とても面倒見がよく、後輩に慕われている先輩で、私も実験のイロハだけでなく人生相談にものってもらったものだ。当時から光合成の進化について興味を持たれていて「俺はな、光合成の進化を明らかにしたいねん」と語っていたことを思い出す。
その後、その言葉通りに光合成の進化の歴史を紐解いていく発見を積み重ね、今回の発見へとつなげられた。光合成の進化の世界的第一人者として今後も研究を進めていかれることだろう。当時、同じドクターコースで研究をしていた私は、自分の意思を持って研究する先輩の姿と、どこか学生の延長感の抜けない自分の研究する姿勢とを比べて『こういう人が研究者になるべき人なのであって、僕のは違うな』と感じて研究者の道を断念した節がある。そういう意味からも私に多大な影響を与えた一人であり、その当時の自分の感覚が間違ってなかったな、とその後の活躍と今回のニュースを見て改めて思った次第だ。その後、私は私で試行錯誤しつつ、私なりのやり方で光合成に関わる仕事をして今に至る。
光合成のことを太陽エネルギーから遡って考えると、極論すれば、生き物というのは太陽エネルギーが光合成を介して形になったつかの間の仮の姿なのだな、と私は思っている。そのつかの間の姿が意思を持って動き回り、喜怒哀楽を有しながら、沢山のドラマ(反応)を生みだすのだから面白い。上に書いた蘆田准教授、もとい蘆田先輩と私の話だって一つのちょっとしたドラマと言えるだろうが、それも元をたどれば光合成の反応から始まっているのだと考えれば、より感慨深い。
光合成から始まる生き物のドラマや営みが、この先もずっと続く世界であって欲しいなと願うし、私自身に与えられたつかの間については、できるだけ自分の意思を持って過ごすことができればいいな、なんてことを思っている。
参考画像
・Ashida,H. et al.(2017)“A RuBisCO-mediated novel carbon metabolism in methanogenic archaea”より引用