中学や高校の生物の授業で、「植物は光合成をするので、生きるのにエサを必要としない『独立栄養生物』である」、「動物は生きるのにエサを必要とする『従属栄養生物』である」と習ったことがある方も多いと思います。
それでは、藻はどうやって生きているのでしょう?
「光合成するから、もちろん『独立栄養生物』でしょ!」と考える方が多いでしょう。
実は、その考え方は合っているとも、間違っているとも言えるのです。
そもそも、生物界全体を見回してみると、光合成をする従属栄養生物もいますし、光合成しなくても生きられる独立栄養生物もいます。つまり、各生物は一つの分類に当てはまるものでもないのです。
今回は、藻類を含めた生物界の栄養的分類の整理と藻類の栄養的分類のお話をしたいと思います。独立栄養と従属栄養の違いは何なのか。これを理解しないと、藻類ビジネスにおける藻類バイオマスの生産性とコストを正しく試算することはできません。
栄養的分類とは
Wikipediaでは、栄養的分類に関して以下のように説明されています。
『栄養的分類とは、生物の増殖、生育条件による分類法であり、厳密な種の分類等にはあまり用いられないものの、網羅的な性質を簡易に理解するために用いられる。』 引用元:Wikipedia
言い換えると、栄養的分類とは、生きるために必要な栄養を得る方法を整理した生物の性質を示す分類を指します。つまり、生物種の分類のように、一種に対して一つに決まる分類ではなく生物一種に対して複数の分類が当てはまることもあります。
実際に栄養的分類を見てみましょう。下記の通り、8つの分類に分かれています。
後ほど詳しく説明しますが、栄養的分類は3つの構成要素(エネルギー源、還元当量源、炭素源)から成り立ちます。3つの構成要素がそれぞれ2種に分かれるため計8つの分類になっていますが、中には該当する生物がいない分類もあります。
一般的に使われる「独立栄養生物」、「従属栄養生物」とは?
上記表からも分かる通り、正しい栄養的分類における「独立栄養生物」と「従属栄養生物」の違いは、『炭素源』が「二酸化炭素」か「有機物」かに依るだけで、両者はそれぞれ4つもの異なる分類に細分化されます。
皆さんが普段目にする生物について言えば、植物は「光合成無機独立栄養生物」、動物や菌類(キノコ)は「化学合成有機従属栄養生物」に当てはまります。これを略して、植物は「独立栄養生物」、動物・菌類は「従属栄養生物」と言っているのです。
栄養的分類の構成要素
生物が生きるということは、”生体で「何か」と「何か」を混合して、新しい有機物をつくる” という反応を常に繰り返すことです。この反応を起こすためには、駆動する「力」が必要です。栄養的分類とは、この生きるための根本的な反応を分類したものです。
上記の説明では「力」が『エネルギー源』、「何か」が『還元当量源』と『炭素源』に当ります。
以下、それぞれについて簡単に説明していきます。
(1)エネルギー源(光合成 / 化学合成)
反応を起こすためのエネルギー源を示します。
「光合成」とは、文字通り光を利用してエネルギーを得ることです。光リン酸化と呼ばれる反応からエネルギーを得ています。「化学合成」とは、還元型化合物の酸化によってエネルギーを得ることです。酸化的リン酸化と呼ばれる反応からエネルギーを得ています。
(2)還元当量源(無機物 / 有機物)
光合成でも化学合成でも、共通して言えることは、何かを酸化してエネルギーを得ているということです。酸化させられる物質、つまり還元する物質を「還元当量源」といいます。これは、電子提供する物質ともいえます。還元当量源は、「無機物」か「有機物」に分かれます。
「無機物」は、主にH2Oですが、H2S、H2などがあります。
「有機物」は、段階的に反応する系(回路)なので、様々な物質や反応があります。
(3)炭素源(CO2 / 有機物)
生物に必須の有機物が、何の炭素源から作られるかを示しています。
炭素源はCO2と有機物に分かれ、CO2を利用する生物を「独立栄養生物」といい、有機物を利用する生物を「従属栄養生物」といいます。その中でも一番有名な有機物は、炭水化物の単糖・グルコース(ブドウ糖)ですが、様々な糖、脂肪やタンパク質も利用されます。
ここまで、栄養的分類の要素について見てきました。
そして、先に植物は「光合成無機独立栄養生物」とお伝えしましたが、同じく光合成をする藻類はどこに分類されるでしょうか?
実は、藻類は「光合成無機独立栄養生物」と「化学合成有機従属栄養生物」の2つの栄養的分類を合わせ持つのです。
これが分かる例として、次の章では、私が大学院修士課程で行った研究の一つ、緑藻Nannochloris bacillarisの増殖についてお示しします(Sumiya et al. 2012)。
利己的な藻類の栄養的分類?! -緑藻の栄養塩と細胞増殖・形態の変化-
以下のグラフと細胞の顕微鏡写真は、緑藻の栄養塩(炭素源、窒素源)添加が及ぼす増殖曲線の変化、細胞形態の変化をそれぞれ示しています。
緑藻の栄養塩添加が及ぼす増殖曲線と細胞形態の変化 / 尾張 (2008)
aは無機塩のみを培地に入れた、「光合成無機独立栄養生物」として増殖したものです。光エネルギーを使い、水と二酸化炭素だけを炭素源として増殖をしています。細胞には緑色の葉緑体が密に詰まっていることが分かります。この藻類が完全に「光合成無機独立栄養生物」として増殖している培養条件aと下記に示す培養条件b,c,dを比較していきます。
培養条件bは無機塩培地に炭素源としてグルコースを添加した時の増殖です。細胞の増殖速度はaの「光合成無機独立栄養生物」時の約4倍速くなっていました。細胞の大きさはaと同様ですが、葉緑体は薄緑色で、細胞の50-80%しか詰まっていないことが分かります。グルコースを添加すると、炭素源に二酸化炭素を必要とする光合成に頼らないため、光合成器官である葉緑体を発達させません。その代わりに、炭素源にグルコースを依存した「化学合成有機従属栄養生物」にシフトするのです。このグラフは光を照射したときの実験なので、この条件で培養した藻類は「光合成無機独立栄養生物」でもあり、「化学合成有機従属栄養生物」でもあります。実はこの条件では光を照射しなくても細胞は増殖するため、この場合完全な「化学合成有機従属栄養生物」となるのです。
培養条件cは無機培地にペプトンを添加した時の増殖です。タンパク質のもととなるペプトン添加により、aの「光合成無機独立栄養生物」時に比べて増殖速度は少し上がっています。ペプトンを添加した時の特徴として、細胞の大きさがaの約2倍に増大していることが挙げられます。cの葉緑体はaと同様の緑色で、葉緑体の大きさ自体もaの葉緑体の大きさと変わらないか少し大きいです。cの細胞はaと同様に、炭素源に二酸化炭素と水を利用する光合成で増殖していて、過剰な栄養(ペプトン)の吸収により細胞質が大きくなっていると考えられます。
培養条件dは無機培地にグルコースとポリペプトンを添加した時の増殖です。細胞増殖速度と細胞の大きさは、グルコース添加のbと同様でしたが、葉緑体の緑の濃さはaとbの中間の値を示しました。「光合成無機独立栄養生物」と「化学合成有機従属栄養生物」を上手に取り入れることで、dは最終的な細胞濃度が4つの中で一番伸びました。
藻類バイオマス生産で考慮すべき栄養的分類
上記に挙げた緑藻の4つの培養条件からいえることは、主に2点あります。
1点目は、光合成能を持つ藻類であっても、光合成に頼らず「化学合成有機従属栄養生物」として増殖する方が、増殖速度が速いということです。
2点目は、細胞内部を見てみると、細胞質や葉緑体また培養条件によって細胞増殖速度が変わってくるということです。
藻類バイオマスから何かを生産する場合、細胞増殖速度はもちろん重要です。しかし、炭素源、窒素源を入れることは培地のコストが増大することになります。同時に、目的物が藻類バイオマスの特定成分ならば、その物質が効率よく生産できるような培養条件を研究しなければなりません。また、藻類ならではの成分(例えばカロテノイドなど)は光合成反応の関連物質であることが多いので、「光合成無機独立栄養生物」である藻類の光合成能が発揮できる環境で培養しなければ、目的の成分を生成しないこともあります。このように、藻類ビジネスでは、藻類バイオマスの生産性とコストの検証が必要になってきます。
最後に
今回示したグラフと顕微鏡写真は、河野重行先生(現・東京大学名誉教授)のもと、私が行っていた大学院修士課程時の研究の一つです。先輩の墨谷暢子さん(現・慶應大学助教)に指導してもらいながら、緑藻(トレボキシア藻綱)Nannochloris bacillarisの培養条件と細胞形態、分裂タンパク質の局在について研究していました。来る日も来る日も、細胞数を数えた日々。分裂している瞬間の細胞を血眼になって探し続ける日々。この東大時代に、顕微鏡で藻類を観察することを鍛えられ、とても感謝しています。そして今回、この藻類の基礎科学の研究をModia[藻ディア]読者の皆様に紹介できて嬉しく思います。
参考文献
・尾張智美 (2008)、『トレボキシア藻綱の栄養条件と分裂様式を規定する細胞壁とセプチンホモログの局在』、東京大学大学院新領域創成科学研究科 修士論文
・Sumiya, N., Owari, S., Watanabe, K., & Kawano, S. (2012). Role of multiple FtsZ rings in chloroplast division under oligotrophic and eutrophic conditions in the unicellular green alga Nannochloris bacillaris (Chlorophyta, Trebouxiophyceae). Journal of phycology, 48(5), 1187-1196.