今回取り上げる三次共生(tertiary endosymbiosis)という言葉を理解するために、始めに一次共生と二次共生、そして光合成色素の進化について説明をします。
記事を読み終わる頃には、皆さん渦鞭毛藻の虜になること、間違いなしです!!
一次共生と光合成色素
シアノバクテリアを真核生物が取り込み、葉緑体化した現象を「一次共生」と言います。この一次共生により生まれたのが、灰色藻、紅藻、緑藻になります。この3種類の藻類は光合成色素の構成が異なっており、それぞれの色素が藻類の色を特徴づけます。灰色藻は青色のフィコシアニンをもつため青緑色、紅藻は赤色のフィコエリスリンをもつため紅色、緑藻はクロロフィルの色が強いため緑色です。
二次共生と光合成色素
一次共生により獲得した葉緑体をもつ藻類を真核生物が取り込み、葉緑体化した現象を「二次共生」と言います。二次共生により生まれた藻類は2系統あります。1系統は緑藻を取り込んで生まれたクロララクニオン藻とユーグレナ藻です。2つの藻類とも葉緑体はクロロフィルの色が強く、緑色をしています。もう1系統は、紅藻を取り込んで生まれたクリプト藻、ハプト藻、ケイ藻を含む不等毛藻と渦鞭毛藻です。
紅藻を取り込んだ藻類は光合成色素の構成を紅藻から進化させ、それぞれの藻類の色を特徴づけます。クリプト藻はフィコビリンもしくはフィコエリスリンをもち紅色や青緑色です。ハプト藻は特有の19’-ヘキサノイロキシフコキサンチンをもち黄色みがかった茶色です。不等毛藻には6種類以上の異なる藻類が含まれていますが、代表的な微細藻類はケイ藻です。ケイ藻はフコキサンチンをもち茶色です。渦鞭毛藻は特有のペリニディンもち赤色がかった茶色です。
※ユーグレナ藻については、緑藻を取り込む前に、ケイ藻に近い紅藻由来の藻類を二次共生で獲得したという報告もあります(Maruyama et al. 2009)。
葉緑体の進化(Keeling 2004をもとに作図)
三次共生とは?
一次共生、二次共生により藻類が多様化していっていることがわかります。類推して『二次共生により獲得した葉緑体をもつ藻類を真核生物が取り込み、葉緑体化した現象を「三次共生」と言います。三次共生により生まれたのが○○藻類です。』といきたいところですが、まだ三次共生により生まれた藻類はいません。
しかしながら!三次共生をした種が渦鞭毛藻の一部で発見されています!しかも、「連続的二次共生」という方法で葉緑体を獲得した種も発見されています!渦鞭毛藻の様々な葉緑体は、葉緑体化の初期段階の種から終了段階の種まで存在しているので、細胞内共生関係の成立過程を研究する良い材料なのです。
1.二次共生により葉緑体を獲得した渦鞭毛藻
前提として、二次共生によりうまれた元祖の渦鞭毛藻を記します。
(1)通常の渦鞭毛藻
・二次共生(一次共生により獲得した紅藻を、渦鞭毛藻の祖先が取り込んだ)
・葉緑体として成立
・葉緑体包膜は3枚
・渦鞭毛藻特有の光合成色素ペリディニンを有する
通常のペリディニンタイプの渦鞭毛藻の顕微鏡写真(左)と模式図(右)(Waller & Koreny 2017)
2.三次共生により葉緑体を獲得した渦鞭毛藻
以下は、通常のペリディニンタイプの葉緑体を消失後、各藻類を取り込みました。
(2)クリプト藻由来の葉緑体をもつ渦鞭毛藻
・三次共生(二次共生により獲得したクリプト藻を、渦鞭毛藻が新たに取り込んだ)
・葉緑体として成立していないため、数日経つと細胞内で消化してしまう「盗葉緑体(クレプトクロロプラスト;kleptochloroplast)」である
・葉緑体包膜は2枚
・葉緑体の特徴(フィコビリソームを伴わないフィコビリン(フィコシアニンやフィコエリスリン等の総称))がクリプト藻に似ている
・この渦鞭毛藻は特異的にクリプト藻を取り込んでいる
※Dinophysisのクリプト藻の取り込みについては、繊毛虫が媒介しているという報告がある。
クリプト藻由来の渦鞭毛藻の顕微鏡写真(左、Waller & Koreny 2017)と模式図(右、Gagat et al. 2014)
(3)ケイ藻(不等毛藻類の一部)由来の葉緑体をもつ渦鞭毛藻
・三次共生(二次共生により獲得したケイ藻を、渦鞭毛藻が新たに取り込んだ)
・葉緑体として成立
・葉緑体包膜は5枚
・フコキサンチンを有する
・葉緑体の特徴(レンズ型内生型ピレノイド)がケイ藻に似ている
・葉緑体の最外膜の内側にケイ藻由来の細胞核(ヌクレオモルフ)、ミトコンドリア、リボソームが存在する
ケイ藻由来の渦鞭毛藻の顕微鏡写真(左)と模式図(右)(Waller & Koreny 2017)
(4)ハプト藻由来の葉緑体をもつ渦鞭毛藻
・三次共生(二次共生により獲得したハプト藻を、渦鞭毛藻が新たに取り込んだ)
・葉緑体として成立
・葉緑体包膜は4枚
・19’-ヘキサノイロキシフコキサンチンを有する
ハプト藻由来の渦鞭毛藻の顕微鏡写真(左)と模式図(右)(Waller & Koreny 2017)
3.連続的二次共生により葉緑体を獲得した渦鞭毛藻
二次共生の藻類を取り込んだ現象を三次共生といい、クリプト藻、ケイ藻、ハプト藻由来の渦鞭毛藻を紹介しました。さらにもう一つ、緑藻を取り込んだ渦鞭毛藻もいます。緑藻は一次共生により生まれた藻類なので、共生の回数は同じでも三次共生とは別の用語、「連続的二次共生」と呼ばれます。
渦鞭毛藻の連続的二次共生とは、『一次共生により獲得した紅藻を渦鞭毛藻の祖先が取り込んだ「二次共生」→この葉緑体を消失し→さらに一次共生により獲得した緑藻を渦鞭毛藻が取り込んだ「二次共生」』という現象です。
(5)緑藻
・連続的二次共生(一次共生により獲得した緑藻を、渦鞭毛藻が新たに取り込んだ)
・葉緑体として成立。
・葉緑体包膜は4枚。
・クロロフィル(およびプラシノキサンチン)を有する
・葉緑体の内側から2枚目と3枚目に緑藻由来の核(ヌクレオモルフ)様小胞を有する
緑藻の渦鞭毛藻の顕微鏡写真(左)と模式図(右)(Waller & Koreny 2017)
渦鞭毛藻の葉緑体消失・獲得の起源
渦鞭毛藻の葉緑体消失や、三次共生と連続的二次共生による葉緑体の獲得は、それぞれの系統や種で起こったと考えられています。下記の系統樹で分かるように、渦鞭毛藻(Dinoflagellates)の祖先はペリディニン(Peridinin)タイプの葉緑体をもっていましたが、種が分化していくにしたがって様々な葉緑体の様式が現れます。葉緑体をもたないもの(Nonphotosyntthetic plasitids)、クリプト藻由来盗葉緑体をもつもの(Kleptoplasty)、ケイ藻由来葉緑体をもつもの(Diatom plastids)、ハプト藻由来葉緑体をもつもの(Haptophyte plastids)、緑藻由来葉緑体をもつもの(Chlorophyte plastids)が出現しています。盗葉緑体が複数の系統に出現しているように、ところどころの系統や種で独立して葉緑体の消失や獲得が行われています。
渦鞭毛藻の系統樹と葉緑体様式(Waller & Koreny 2017)
終わりに
皆さま、渦鞭毛藻の葉緑体の細胞内共生の多様性に惹かれたのではないでしょうか?
筆者は渦鞭毛藻のそんなところに一目惚れしてしまいました。渦鞭毛藻は細胞内共生の進化を辿るのに適しているのですが、こんな奇怪な渦鞭毛藻には手を出さない方が賢明という研究者の評判があるのも事実です。渦鞭毛藻の細胞学の複雑さに、大学院での研究時代は本当に悩まされました。でも一目惚れって困っちゃうもので、諦めきれない、こっちを向いてもらいたい。今も渦鞭毛藻含めて藻類に惚れています。
参考資料
Keeling, P. J. (2004). Diversity and evolutionary history of plastids and their hosts. American journal of botany, 91(10), 1481-1493.
Maruyama, S., Matsuzaki, M., Misawa, K., & Nozaki, H. (2009). Cyanobacterial contribution to the genomes of the plastid-lacking protists. BMC Evolutionary Biology, 9(1), 197.
Gagat, P., Bodył, A., Mackiewicz, P., & Stiller, J. W. (2014). Tertiary plastid endosymbioses in dinoflagellates. In Endosymbiosis (pp. 233-290). Springer, Vienna.
Waller, R. F., & Kořený, L. (2017). Plastid complexity in dinoflagellates: A picture of gains, losses, replacements and revisions. In Advances in Botanical Research (Vol. 84, pp. 105-143). Academic Press.
堀口健雄. (1997). 渦鞭毛藻に見られる細胞内共生の多様化と進化. 日本植物分類学会会報, 11(2), 59-74.