意志や価値観を広げるということ「Decision Making to Expand #5」

前回前々回は、物事を整理しすぎると意志や価値観が広がらない。整理することこそが正義だという社会にしてしまったことが、世の中に意志や価値観が広げられない社会になってしまった原因だと思うということが書きたかったのですが、何が言いたいのかわからない文章にしてしまいました。
今回も引き続き、意志や価値観を広げるということについて書きます。

少し前に、ある漫画の原作のドラマ化で原作者と脚本家の間に価値観や考え方の齟齬があり、大変残念な結末になってしまったニュースがありました。
私は、件(くだん)の漫画もドラマも見ていないのですが、でも、まず世の中に伝えたい「意志」や「価値観」があって、それを伝えるために心血を注いで描いた漫画だからこそドラマ化が検討されるほどのファンが居たのだろうという事実が、あまりにも軽視されているような報道が目立っていたと私は感じます。
自分の子どものように、いや、自分自身のように大事にしている作品が、自分が伝えたい「意志」や「価値観」とは全く異なる仕上がりのドラマになって自分の名前で世間に広がっていくことが、人生の全てを投げ出したくなるほど辛い状況であるという気持ちを、私は嫌になるほど理解できます。

今の日本の世の中には、このゼロからイチを作った人間の「意志」や「価値観」を踏みにじられる時の辛い気持ちを理解できない人が本当に多いということを、さらに、そんな気持ちが理解できない人の方が出世し易い社会の構造になっていることを、私は経験上知っています。もちろん、マスコミや広告代理店、コンサルや商社のような、業界と業界の間に立つ仕事をしていたらゼロからイチを作った面倒くさめな性格の人間の「意志」や「価値観」なんかを、いちいち丁寧に大事にしていたら仕事にならないし、何よりイチを十・千と広げることなんかできないという状況になるのもとても良くわかります。

しかし、だからこそ誰か面倒くさい人が作った「意志」と、その「意志」に一定の同調者が存在するという事実を大事にしないと、漫画からドラマや映画とメディアを変えて万・億の人の心には届かないはずなのです。
たとえそれが大衆に広げるプロの目から見て、メッセージが難し過ぎて大衆には広がらないと判断したとしても、それでも尚、その難しさ・分かりにくさを内包した作品でないと、十・千になることはできても、万・億と広げることはできないと思うのです。
一定のファンが居るアイドルやタレントを主演にして、彼らのファンに伝わり易いように「意志」や「価値観」を改変して小さな商業上の利益を確保したいだけなら、難解な価値観の原作なんか使わなければ良いのです。

この「意志」や「価値観」の伝播を、価値観が異なる大勢の人の間で調整しながら繋ぐという複雑でストレスフルな役割を担っているからこそ、マスコミや広告代理店、コンサルや商社のような仕事は付加価値が高く給料も高いのだと私は思います。
しかし、この数十年の日本社会は、価値観と価値観の間に立っている職業の人間が過剰に偉くなってしまい、この複雑でストレスフルな役割を担わずに、表面的な仕事を進めてなんとなく繋がっていれば正解という価値観になっているように感じます。
難解なテーマを伴う「意志」や「価値観」だからこそ、ドラマ化や映画化の議論の俎上に乗るほどのファンが居るのだという当たり前の事実を、この数十年の日本の社会はあまりにも軽視して来たのではないでしょうか。

一方で、Netflixのシティーハンターのように主演の俳優はじめ作品制作に関わった全ての人が、数十年前の原作に込められた「意志」や「価値観」をリスペクトして現代の視聴者に届けようとしている作品は、たとえそのモチーフが数十年前の古く難解なものであっても、ちゃんと世界で大ヒットするのです。Netflixにはできることなのに、日本企業には「原作者の意志や価値観をリスペクトする」ことができなくなってしまったことが、世界中で日本だけ30年も経済成長しなかった根本的な大きな理由の一つであると私は感じています。

私が新規事業を生み出すときにいつも一番大事にしているのは、この「最初にやろうと言い出した人間の意志や価値観が、どこにあるのかを大事にしながら、更に多くの人の意志や価値観をどんどん載せていくような器を作ること」なのですが、この「意志」と「価値観」を伝播させることが大事だという仕事の仕方が日本ではどんどん失われてしまっているので、この概念を伝えるのがなかなか難しいです。

藤田がたまに地獄のような顔をして悩み込んでいるときは、ほぼ間違いなく、私が仕事をするうえで最も大事にしているこのポイントを、社内外の誰にどう説明しても理解してもらえず、自分の説明力不足に打ちひしがれて困っているときだということだけでも知ってもらえれば、とりあえず眉間の皺も少しは減るし、髪の毛の減り具合も遅くなります(笑)。


 written by: Tomohiro FUJITA 

◾️本連載の記事一覧

#1:「広がる意思決定」と「縮まる意思決定」
#2:整理と混沌のバランス
#3:バランスを均一にしてはいけません
#4積み上げたものぶっ壊して、遮るものはぶっ飛ばして 
#5:意志や価値観を広げるということ

 

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