ちとせの藻ヂカラ[後編]  -ちとせの武器、3つの藻ヂカラ-

前編では我々がなぜ藻類プロジェクトに取り組むのかを、
中編ではちとせの取り組む藻類プロジェクトを具体的に紹介してきた。

今回は、「ちとせの藻ヂカラ」最終回として、我々が藻類プロジェクトに取り組む上で武器としている、『ちとせの3つの藻ヂカラ』について紹介する。

●前編:ちとせはなぜ藻類プロジェクトに取り組むのか
●中編:ちとせの藻類プロジェクト
●後編:ちとせの武器、3つの藻ヂカラ(←本記事)

①目的に合う藻をつくる、『藻・育成力』

私たちに得意なことと不得意なことがあるように、藻にも得意不得意がある。つまり、藻ならなんでもOKというわけではない。

そのため、藻類プロジェクトに取り組む際は、まず目的に合う藻を見極め、その藻の能力を伸ばすことが必要なのだ。スポーツ選手の卵を選び、その後さらに育成するイメージだ。

これを「藻・育成力」と本稿では整理する。

藻の育成にあたっては、「不均衡変異導入法」を活用する。
これはちとせ研究所が15年の年月を掛けて技術強化を続けている独自の育種技術である。生き物自体が可能性として持っていた変異を誘発するため多様性を有する変異効果が期待できること、そしていわゆる遺伝子組み換えには値しないため産業用途にも広く活用できる点が強みだ。

この技術を活かし、実際に藻を育成(品種改良)した例をあげる。

●藻類ジェット燃料PJ

このPJで使用している藻は、「ボツリオコッカス」という緑藻類の一種。燃料に近い性質を持つ油を乾燥重量の半分程度蓄積することから、古くから燃料代替として期待されてきたが、増殖スピードが非常に遅いことが大きな懸念点であった。

そこで、神戸大学が開発した「高速増殖型ボツリオコッカス」という、通常のボツリオコッカスに比べて増殖スピードの速い藻をベースに、低コスト・大量培養を実現するための品種改良を行った。

A.藻体のサイズUP

目的:サイズを大きくすることで培養液からの藻体の回収を容易にし、回収コストを下げる(藻体のサイズが小さいと、分離のために遠心分離機などの機器を使用しなければならないため回収にエネルギーコストがかかってしまう)

獲得した粒径拡大株(左が元株)

B.多糖の分泌を抑える

目的:粘性を持つ多糖の分泌を抑えることで培養液のねばつきを抑え、藻体の回収を容易にし、回収コストを下げる

多糖分泌低減株の培養試験中の様子

C.藻が水面に浮くように

目的:培養池の水面に藻体が浮くことで回収を容易にし、回収コストを下げる

獲得した浮上特性株(左が元株)

このように、複数の能力を付加した株で、2015年鹿児島で1500㎡の規模での屋外培養を行った。タイで準備中の10,000㎡規模の生産試験でもこのように改良した株を使用する予定だ。

ここまでで、ジェット燃料向きの油をつくる藻「ボツリオコッカス」の中で増殖スピードの速いポテンシャルの高い系統に、「不均衡変異導入法」というちとせ独自の育種技術で低コスト・大量培養に必要な能力を付加した例を紹介した。

②産業規模に藻を増やす、『藻・培養力』

①で紹介したように、得意不得意を見極めて育成しただけでは、藻類プロジェクトは成り立たない。産業として大きく育てるために必要なのは、大量培養する技術だ。

これを、「藻・培養力」と整理する。

藻類の大量培養法としては、『池を使った開放系培養法[オープンポンド]』『バイオリアクターを使った閉鎖系培養法[フォトバイオリアクター(PBR)]』の大きく2種類存在する。

前者は50年前に確立された浅い池を用いた培養方法で、水車や空気などで水を攪拌させながら藻類を培養する。後者は近年開発が進んでいるもので、チューブやフィルム、膜などを用いて立体的に藻類を培養する。

農業にも各作物に合わせた様々な農法があるのと同じように、藻類も諸条件によって最適な培養法は違う。ちとせでは、「藻類の種類」×「生産物の単価」×「生産地の気候」に合わせた培養環境をその都度作りあげ、実際に事業規模で運営している。

池を使った開放系培養法[オープンポンド培養]

●藻類ジェット燃料PJ

燃料を生産するためのオープンな生産プラントとして世界最大

藻類ジェット燃料PJでは、2015年鹿児島県で1500㎡の規模での屋外培養に成功している。
これは、燃料用途の培養池としては世界最大のサイズである。

オープンポンド培養は、言葉の通り「オープン」なため、あらゆる生き物が入ってくる可能性(コンタミと言う)があるが、そんな環境下でボツリオコッカスを目的の成長速度・濃度で培養できる技術を構築した。

例えば、
ドナリエラは「塩濃度が高い環境」で培養する、
スピルリナは「アルカリ濃度が高い環境」で培養する、
といった、他の生き物が育ちにくい特殊な環境で培養するという方法でコンタミを防いでいるが、「特殊な環境」は作るのもコストがかかるし、廃液を処理するにもコストがかかる。
そのため、燃料という単価の安いものを作る際にはこの方法は適さない。

そこで、ちとせでは特殊ではない普通の培養環境下で、混入した他の生き物よりも優先的にボツリオコッカスを増やす技術を開発し、低コストでの安定的な大量培養に成功したのだ。
ただし、詳しいことは企業秘密とさせていただく。

●タベルモPJ

生で食べられる品質のスピルリナ生産設備として世界唯一のもの

栄養の種類・バランス・消化吸収効率が高く、タンパク質が豊富なスピルリナ。一般的には粉末や錠剤などのサプリメントとして販売されているが、豊富な栄養をそのまま摂れる「食材」として普及させることを目的に、「生」での商品化を目指した。

粉末や錠剤にする際、一般的には培養液を乾燥させるため熱を加える。そのため、多少のコンタミは気にしなくても良い。実際、タイやアメリカや中国などでスピルリナを培養しているオープンポンドは、虫や、上を飛ぶ鳥の羽や糞が混入する可能性が大いにある環境だったりする。

このように、一般的なスピルリナの培養方法では生食には適さないため、ハウスなどの環境づくりと同時に、独自の培地を開発し工夫を重ねることで生食に適した培養方法を構築した。

バイオリアクターを使った閉鎖系培養法[フォトバイオリアクター(PBR)]

●サラワク州マイクロアルジェPJ @マレーシア

生産コストの低減を追求したPBRでの試験の様子。東南アジアの環境に最適化中

マレーシアのサラワク州立生物多様性センター (Sarawak Biodiversity Centre, SBC) で行なわれている有用な藻類の収集&実用化に向けた取り組みにおいて、2013年よりコンサルティング及び技術指導を行っている本PJ。

現在は、収集した藻の商業化にあたり必要な、安価でより生産性の高い大量培養法の構築を行っている。写真に写るPBRはまだ小規模だが、今1,000㎡規模に拡大すべく施工中。藻類生産チームの事業統括を行なう星野によるオリジナルの設計&デザインのPBRが完成予定だ。

ちなみに、PBR培養に関して近々面白い発表ができそうで今から楽しみである。

③正しく事業を設計する、『藻事業構築力』

いかなる事業においても必要なことは、ビジネスプランの構築や資金の調達などの事業構築だ。藻の育成や培養などの生き物を扱う技術に精通しつつ、且つ、事業構築力があるというのが我々の強みである。

生き物を扱うというのは、予想もしないことの連続。成長スピードなどの “生き物の能力による不確実性” が大きいため、事業に関わる人数を倍にしたらそのまま倍のスピードで進むということは決して無い。また、PC一つでできる一部のIT事業とは異なり、屋内の高価な実験設備も屋外の大きな検証設備も必要。

そう、藻を利用した事業は、開発スケジュールも必要資金もIT事業とは全く異なるのだ。それらを踏まえた上で事業計画を立て、管理するノウハウが必要となる。ちとせグループが様々なプロジェクトを実行する中で磨いてきたノウハウは研究開発だけでなく、この事業開発の行い方にある。

また、我々の事業構築で特徴的な点は、理論上不可能な計画は立てないことにある。

研究開発である以上、どんなプロジェクトでも現時点では実現できていないプロセスが含まれるのは普通のことなのだが、ここで一つ大事な視点がある。それは、今実現できていないそのプロセスは、理論上は実現可能なのか?という点だ。

バイオテクノロジーの事業化の分野において、そもそも理論上不可能な計画を立てて資金を調達しようとするプレイヤーが存在するように感じる。

例えば、エサを与えて培養する「従属培養」により単価の安いジェット燃料を生産する、といった計画がある。従属栄養では経済収支が見合わないだけでなく、その燃料を生産するのに必要なエネルギー(エサを生産するのに必要なエネルギーも含む)が、生産された燃料の持つエネルギーよりも上回ってしまい、「エネルギー収支」が合わなくなってしまう。燃料を作るために、それ以上のエネルギーを消費するなんておかしな話なのだが、意図的なのか無知なのか、その点がどうなっているのか不思議なバイオ燃料プロジェクトも世の中には存在する。もちろん、我々の藻類ジェット燃料PJでは、餌は与えず、太陽光のエネルギーのみで藻を育てている。

[参考]エネルギー収支について詳しく知りたい方はこちらの記事をどうぞ
そのバイオ燃料、エネルギー量が減っていないか?-「エネルギー収支比」で考える藻類バイオマス燃料-

これがもし、単価の高い物質を生産するという話であれば、エサを与えて育てることも検討すべきだ。重要なのは、生産する物質、生産する場所、その為に使う藻、プロセス、、全てを考慮に入れた上で事業を構築することなのだ。

 

今回は、「藻」に限定して話を整理した。
しかし、ちとせで扱うのは「藻」だけではない。「微生物」「動物細胞」「植物」など、幅広い生き物の力を借りて、千年先まで人類が豊かに暮らせるようにするための技術の開発と展開に取り組んでいる。今後CHITOSE JOURNALを通じて、「藻」以外のプロジェクトについても少しずつお届けしていけたらと思う。

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