スピルリナ2.0

 

2018年11月にLumen Bioscience社(ワシントン州シアトル)のスピルリナの遺伝子組み換え技術の特許が成立したことが発表された。

US Patent & Trademark Office Grants Broad Foundational Patent to Lumen

Broad composition-of-matter claims cover all products currently in development


スピルリナは、その高い栄養成分、安全性、そして栽培の容易さから、現在世界で最も生産されている藻類である。人の健康食品だけでなく、青色着色料、水産養殖用の色揚げ材、家畜の濃厚飼料などといった幅広い分野で利用されており、最近では宇宙食としての研究も盛んだ。


分類学的な視点から見ると、スピルリナは藍藻(シアノバクテリア)と呼ばれる種にカテゴライズされる。もっとも単純な藻類ではあるが、複数細胞が連なった集合体として成長していくため、これまで遺伝子組み換えができない種として有名であった。

今回、そんなスピルリナの遺伝子組み換え系ができたということは画期的なことだと言える。特許を読む限り、エレクトロポレーションで細胞内に遺伝子を導入し、相同遺伝子組み換えを起こさせているようだ。この仕組み自体は特別なものではないが、相同遺伝子組み換えにかかる配列の長さが上流、下流それぞれ2,000塩基ずつと他の生物の場合と比べて相当長い。ここがポイントになっていそうだ。これ以外にも特許には書かれていないようなノウハウもきっとあることだろう。

Lumen社はスピルリナの遺伝子組み換え技術をコアとして、2017年末にシリーズとして1,300万ドル(約14億円)の資金調達に成功している。その後は本技術の用途開発先を生物製剤分野に絞り、立て続けに大型プロジェクトで採択されている。

2018年1月にはビル&メリンダゲイツ財団から、発展途上国の乳児を腸内病原体から守るための抗体治療薬開発の支援先として選ばれ、同年6月にはその支援金額が3倍に増額された。この増額は、1月に発表されたプログラムの初期段階の概念実証段階からポジティブな結果が出たことによるものである。遺伝子組み換えスピルリナ内で抗体を生産させることにより超低コストな抗体治療薬が作れる、というところが売りだ。

同年5月には国立衛生研究所(NIH)からも遺伝子組み換え経口マラリアワクチンの開発資金提供先として採択されている。マラリアワクチンを経口摂取でも効果を持つように修飾し、それをスピルリナ内で発現させるというものだ。薬が買えなかったり、届かないような貧困地域(=マラリア感染が多い地域)の現地でも生産でき、そのまま予防薬として供給することができる、というのが特徴となる。

同じく同年5月には米国農務省(USDA)から、養殖サケ魚(サーモンとニジマス)の感染性造血壊死症ウイルス(IHNV)に対する経口ワクチンの開発資金先としても選ばれている。現在養殖サーモンへのワクチン接種は一匹一匹に針注射をして行なっているが、Lumen社の遺伝子組み換えスピルリナベースのワクチンは経口投与用に設計されており、通常の食物供給と混ぜ合わせることができる。このため、流通と投与が非常に簡単になる。

いずれのプロジェクトも『スピルリナ内で薬理効果を持つタンパク質を高発現させ、スピルリナごと経口摂取して機能させる』という仕組みを利用したものだ。スピルリナは屋外でも安価に大量培養できるシステムが確立されているため、高付加価値を持つ医薬品を低コストに生産できるようになるわけである。経口ワクチンや抗体のシーズ候補が発達すればするほど、スピルリナ内で発現させるターゲット候補が広がっていくことになり、将来性は明るいと言えよう。

一方、課題としては遺伝子組み換え藻類の屋外(開放系)培養の法規制がまだ世界で整っていないところにある。もっとも進んでいるのは米国となるが、その米国でもまだ実証が数例行われているだけの状態だ。植物と異なり、目に見えない微細藻類の遺伝子組み換えに対しては、一般市民の目も厳しく、遺伝子組み換え農作物のよりもハードルが高い。

ただ、発展途上国において薬を買うことのできない貧困層向け、という大義があれば世の中に受け入れられる可能性が上がるだろう。そういった戦略がターゲットの選びから見え隠れするところにもLumen社のしたたかさを感じる。今後の動向について引き続き注視していきたい。

余談になるが、私もちょうど10年ほど前に同じコンセプトの提案書を作って営業に回っていたことがある。正に彼らと同じ『遺伝子組み換えスピルリナで経口のマラリアワクチンを作りましょう』という内容だった。「夢があるし、アイデアとしては面白いね!」と好意的な反応をもらってはいたが、当時はまだスピルリナの遺伝子組み換え系が確立しておらず、そこの立ち上げから一緒にやってくれる企業が見つからなかったので、そのままお蔵入りとなったことを思い出した。

そんな経緯があるので、今回、スピルリナの遺伝子組み換え技術のブレイクスルーが起こり、アイデアを現実にしていくLumen社が出てきたことを知った時は嬉しさ半分、悔しさ半分、といった複雑な気持ちになったのをよく覚えている。

近い将来、遺伝子組み換え藻類の規制が確立すれば、様々な薬効をもつ遺伝子組み換えスピルリナが販売されるようになるだろう。そのうち家庭用のスピルリナ生産装置ができてくれば、自分の体調に合わせて効果あるスピルリナを自分で育てて経口摂取する、といったオーダーメイドの自家製造のような未来も現実になることだろうう。スピルリナ2.0がいよいよ始まった感がある。

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